『アメリカン・ビューティー』 14. バーバラ

もうひとり、忘れそうになるが忘れてはならないキャラクターにフランクの奥さん、リッキーの母親であるバーバラ・フィッツがいる。バーナム家での、キャロリン→レスターという抑圧と性別が逆で、フィッツ家では、フランク→バーバラということになる。目立たない人物ではあるが、彼女は裏レスターとして設定されているように考えられる。レスターは叛旗を翻すが、バーバラは何もできない。フランクがどの時点で自らの性的指向を彼女に明らかにしたかは知れない。夫婦生活がないことに当初は反発したのかもしれない。フランクはあれだけ息子に暴力を加えるのだから、奥さんがその被害に合わなかったと考えるのは難しい。そして、長く夫にふれられてもいないだろう。Love is touch.なのに。おそらくはヴィクトリア朝時代のようなとしばしば教養派に形容されるような、女性にとっての喜びと潤いのない生活を長期間強いられ、すべてを諦めた結果、無感動で統合失調症気味(幻聴、長期記憶の喪失、倦怠、場にそぐわない言動)になってしまったものと推察される。レスターは「ペニスをメイソン・ジャーに詰められて、流しの下にしまわれている」。バーバラも同様だ。初期状態は共通している。両者は夫婦という体面(イメージ)を保つために、活力を閉じ込められている。登場シーンが四つと少ない彼女だが、外に出ているシーンは一度もない。アメリカでは男たちが戦争に担ぎだされているあいだに、それまで家に閉じ込められていた女性たちが社会に進出し、働く機会と経験を得て、それがウーマン・リブ運動につながっていったわけだが、バーバラはまだそれ以前の時代にいる。ウーマンがリブしてない。彼女はまるで刑務所にいるみたいだ。

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この映画を観たあと、この女性の名前を尋ねられて答えられる観客はほとんどいないはずだ。なぜなら、ただの一度も名前が言及されないから(スタッフロールだけ)。バーバラという名前は正教会の聖女Barbara(バルバラ)に由来する。求婚者から美しい娘(の貞操)を守るため、父親は彼女を塔に幽閉した(Wikipediaの「バーバラ」の項に書いてあった)。要は彼女のセックスが幽閉されているということだ。そして、承認をめぐる闘争という趣のあるこの映画のなかで、彼女はひとり最初から最後までその埒外にいる。それはすなわち、彼女がすでに現実の外、死の世界に近いということだ。頭はもう上手く動いてくれない。しかし、息子が家を出るとき、彼女は涙もなく泣いているように見える。尋常でない様子の息子が「家を出ていく」と言うのに、彼女は止める努力をすることもなく「O.K.」と答える。この家にいるのは幸せではないからだ。息子を止めるという「普通」の判断を下せないほどに。そして出奔していく息子に「レインコートを着ていくのよ」と妙に現実的なことを言う。この子どもの身を案じる「場違いな、過度に現実的な言葉」はフィクションながら、ちょっと筆舌に尽くしがたい。お母さんはいつだって「場違いな、過度に現実的な言葉」を子どもにかけるのだ。