『アメリカン・ビューティー』 2. 登場人物 - 不揃いな核家族

例によって映画開始からの一幕めで登場人物が出そろい、そのひととなりと普段の行状があらかた明らかにされる。3人構成の核家族、バーナム家とフィッツ家のあわせて6人と女子高生ひとりが主要なキャラ、プラスアルファで4人の男性、あとはその他という具合。

時代は公開当時頃と考えてよいでしょう。IMDBトリビアによると製作陣は場所を特定されるような特徴を排除しようとしたとのことで、一般名詞的、抽象的なアメリカの郊外という寓話性を意図したようだ。夫婦の崩壊もののメルクマール『クレイマー・クレイマー』(これも夫の仕事は広告業)がいかにも社会(問題)派と感じさせるのに対して、『アメリカン・ビューティー』は様々な意匠から文学的と感じさせる作品であるように思う。

レスター・バーナム(Lester Burnham)

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レスターがどういう男か、顔と姿勢を見れば一発でわかる。42歳の中年男性。仕事の出がけにブリーフケースをぶちまけて夫人と娘にあきれられる。職場の広告代理店では常套句とつくり笑いでやり過ごし、首切り屋の新任上司にリストラのためのレポートを依頼され、楯突くものの何もできない。そのことで奥さんのキャロリンに毒づくも共感してもらえない。美しくしつらえられた夕餉の席で愚痴を吐くも、そのそれぞれに女性陣からの怒りを買い、攻撃されて小さくなっている(縮みゆく男。娘とは半年間、会話らしい会話をしていなかったらしい。夫人とはセックスレスで、唯一の楽しみと言えば朝一のシャワー中のマスターベーション。意気の感じられない様は中年の危機そのもの。敗残者(gigantic loser)。何かを失った男。ある意味ではすでに死んでいる男(...in a way, I’m dead already.)。

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キャロリン・バーナム(Carolyn Burnham)

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バーナム夫人。歳のほどはレスターと同じ。貧しい家庭で育ったらしく(duplex=二家族によるシェアハウスに住んでいて、自分たちの家さえなかった)、上昇志向が強い(サム・ライミのホラー映画『スペル』の主人公も似た設定)。個人で不動産紹介業を営んでいる。自らを鼓舞しながら高級住宅を手入れして見学者を案内するが、上手いこと売れずに鬱屈を抱えている。メディアで耳にするような典型的な人生/ビジネス訓を用いることが多く、しばしば標語を繰り返し口に出す。服装、家事など完璧で、プラス志向を旨として励むも現実とのギャップに歯噛みする。たまに絶叫もする。うだつのあがらないレスターを嫌悪している。前庭の薔薇、アメリカン・ビューティーの手入れに余念がない。レスターが自分の家庭を評する”A commercial, for how normal we are.”(コマーシャルなんだ。いかに僕らが普通かってことを確認するための)を体現している女性。I will sell this house today. I will sell this house today. I will sell this house today.

 

ジェーン・バーナム(Jane Burnham)

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バーナム夫妻のひとり娘の高校生。16歳。豊胸手術のためにお金を貯めている。わざとつまらない服を着る。序盤のメイクはややゴス風。両親の不和にうんざりしており、思春期であることも手伝って不安定。親との会話では不機嫌さを隠さない(不機嫌が家族のコミュニケーションにおける通貨になってしまっている事態については内田樹『下流志向』に詳しい)。高校ではチアリーディング部。両親がその実演を観にくることに対する嫌がり度は強い。”Gross!”(キモッ!)が口癖。Well, now, I too need structure. A little fucking discipline.

 

アンジェラ・ヘイズ(Angela Hayes)

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ジェーンの同級生で仲良し。金髪。こちらもチアリーディング部で立ち位置はセンター。ティーン向け雑誌でモデルをしたことがあるらしい。BMWを買い与えられているらしく、運転もする。イケていること、自らが特別であることを自負していて、それを隠さない。いわゆるアメリカ学園ヒエラルキーもののクイーン。性について不自然なくらい過度に露悪的で、奔放であることを吹聴する。一方で、ジェーンの両親に対する態度、外面は礼儀正しい。レスターに興味を抱いており、レスター以上にキャロリンに問題がある旨をジェーンに言う。I don't think there's anything worse than being ordinary...

 

リッキー・フィッツ(Ricky Fitts)

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バーナム家の、向かって右隣に越してきたフィッツ一家のひとり息子。高校生だが、回り道をしてきたらしく、2年年長で18歳。転入初日にニットキャップをかぶっている。「大佐」である父親の抑圧下にある。かつては問題行動を起こしていたらしいが、何かをくぐり抜け、適応に努めているせいか、いまでは落ち着いて見える。常にビデオカメラを携えており、彼の思う世界の美を撮影し、アーカイブする趣味がある。大麻のやり手ディーラーであり、各種のアルバイトを通して顧客を探している。レスターとは不動産業者のパーティーで知り合い、やがて懇意になる。二面性が強く、自己と他者の境界に意識的な人物。リッキーの影響で映画が大きく動き出す。この映画のトリック・スター。ちなみに俳優のウェス・ベントリーは最近『インターステラー』で悲惨な目に遭う宇宙飛行士を演じていた。Sometimes there's so much beauty in the world I feel like I can't take it...

 

フランク・フィッツ / 大佐(Frank Fitts / Colonel)

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リッキーの父親。近所に住むゲイカップルの「この地へようこそ!」の友好的な挨拶とプレゼントに「で、なにを売りにきた?」と返すような男。自己紹介は「フランク・フィッツ。海兵隊大佐だ」。”Structure and discipline!”(自己構築と規律/訓練)の保守の権化ような退役軍人。権威主義的で、家族にも厳格かつ抑圧的。何かにつけて息子をやたら殴る。身なりはこぎれいで隙がないが常に不機嫌で、しばしば世界との激しい不調和反応を見せる。過剰なまでにゲイ嫌悪発言をする。This country is going straight to hell.

 

バーバラ・フィッツ(Barbara Fitts)

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リッキーの母親。表情というものがほとんどなく、そのことで異様さが際立つ。全編を通してきわめて発言が少ない。幻聴、ベーコンを食べないリッキーの皿にベーコンをよそう、的外れな発言、心ここにあらずといったたたずまいで、呼びかけにも応えないことがある、などから統合失調症気味であることがうかがわれる。家族を捨て出奔する息子に対して、Okay, wear a raincoat.

 

ジム・オールメイヤー / ジム・バークリー(Jim Olmeyer / Jim Berkley)

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バーナム家の、向かって左側の家に暮らすゲイカップル。麻酔科医と税理士。朝からキャロリンに挨拶。いつもニコニコと幸福そうで、自己紹介のときなどはお互いの職業を紹介しあうなどナチュラルに仲睦まじく、微笑ましい。いっしょにジョギングをしている。

 

ブラッド・デュプリー(Brad Dupree)

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レスターが勤める広告代理店の新任の上司で首切り屋。着任して一ヶ月でリストラを開始する(そのために雇われたので当然だが)。社員に評価レポートを提出させ、それを元に誰が価値があり(valuable)、誰が用なし(expendable)かを判断するとレスターに告げる。レスターが幹部の不正(愛人を囲うための私的な会社資金の流用)を指弾して楯突くのをいさめ、「これはきみが職を守るためのチャンスだ」と脅し気味に諭す。

 

バディ・ケイン(Buddy Kane)

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町の「不動産の王様」で、かなり成功しているらしい。キャロリンにとっては商売敵だが、同時に憧れの存在でもある。不動産仲介業者のパーティーに険悪な雰囲気ながら妻と出席している。キャロリンがこの男に不動産販売について教えを乞うところから両者の火遊びがはじまる。うすら笑いを絶やさない(子どもの時分ながらバブル時代によく見たよ、この顔)。眉が異様に太い。むしりたい。